TBSのYouTube動画で知ったのですが、イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ教授が、「真実はほんの数パーセントで ほとんどの情報はごみです(注1)」と発言されたようです。
私もこれには深く共感しました。人は事実だから、正しいからという理由で情報を共有しません(関連記事:「妄想共有能力」)。そのため、人間社会における「常識」というのは、偏ったものになりがちです。
ハラリ教授は続けて、「真実は痛みを伴う でもフィクションは自分が好きなだけ楽しいことを書くことができます(注2)」と発言されていました。
これは先日、私がアップさせていただいた記事「はっきり言ったら専門家がたたかれるからだよ?(前後略)」ともリンクする話です。
この話の例としてあげるには不適切かもしれませんが、日テレNEWSのやはりYouTube動画で、ヨシタケシンスケ氏が以下のような意の話をされていました。「世界はこんなにも優しいのに、理由もなく不安な人が増えている。」(注3)しかし、私は疑問です。事実として、世界は誰にとっても優しいといえるでしょうか。そして、「恵まれてきた私に不安になる原因はないはずだ」、という解釈は、科学的に適切だといえるでしょうか。
私のブログでは、社会がマイノリティーを苦しめている現状(歴史)に度々触れていますから、前者に関しては明らかに事実ではないと認識しますし、後者にしても、私は原因といえるものがある、と推測します。自分は恵まれているという認識しかお持ちでないのは、人間の健全な発達に必要なものは何かを、ご存じないからかもしれません(詳しくはこちら「教育の理論」)。どれほど優しい親だったとしても、たとえば「できたことを褒める」といった行為の蓄積によって育てられれば、人間は不安に駆られるようになり得ます。何もしない自分に罪悪感を抱く、ただ生存していることが不安、人一倍努力や成長に固執する、といった具合です。
不安に原因はなくてもいい、という姿勢は共感できますし、素晴らしいと感じますが、まず事実に基づいて状況を判断しなければ、解決できるものも解決には向かいません。そして、「世界はこんなに優しいのに」と言っていられる状況の方ばかりではないことを、どうか社会全体に知っていただきたい思いです。仮にヨシタケシンスケ氏が本当に全ての面において恵まれ、不安に理由を持たないレアな存在であったとしても、モデルケースにはできないでしょう。
そこにあるのが善意だとしても、あたかも事実であるかのように流れ続ける情報。私は、知らないこと自体は罪ではないと考えますが、それらが他者を殺し得るのは事実です。私もそれによって追い詰められ、苦しんできました。そして全ての人間にとって、全てを知ることが不可能な以上、私の情報も、その危険を孕んでいます。
歴史を振り返れば、何時の時代も、知って行えば成ることをできない社会。そして、私もその構成員の一人です。
どうか、一日も早く、多くの人の苦しみが癒されますように。
注
1 TBS NEWS DIG Powered by JNN(2025年3月16日)「「ほとんどの情報はゴミ」蔓延するウソ情報 知の巨人が学生に警笛「情報=真実ではない」|TBS NEWS DIG」YouTube https://www.youtube.com/watch?v=Zfwp4EahRkY&list=LL&index=3 2025年5月10日視聴
2 注1参照
3 日テレNEWS(2024年8月31日)「「ネガティブさに体が耐えられなくなって」自身のメンタルと向き合いながらオープン “しにたいきもち”に寄り添うサイト【ヨシタケシンスケ氏にインタビュー】ネガティブ編」YouTube https://www.youtube.com/watch?v=g2H3OXRdRCI&list=WL&index=132&t=1174s 2025年5月10日視聴
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