提出記録
先日(2025.6.13)、地域の市役所、保健センター、社会福祉協議会に、以下の緊急要請書(書式や伏字など、細部は実物と異なります)を提出させていただきました。リポートの提出、口頭による説明とお願い、アンケートという形では、幾度となく多くの機関に掛け合ってきましたが、要請書という形式を取ったのは初めてのことでした。結果のご報告については、まだあれこれと思案中ではありますが、ひとまず記録として残しておきたいと思います。
『支援の遅れが命を奪う、ひきこもり・精神疾患・自殺問題に関する緊急要請書』内容
令和7年6月12日
要請先:自治体・保健所・精神保健福祉センター・社会福祉協議会 担当部署 御中
■支援の遅れが命を奪う、ひきこもり・精神疾患・自殺問題に関する緊急要請書■
拝啓 貴職におかれましては、日々地域福祉のためにご尽力くださり、誠にありがとうございます。
精神疾患・社会的孤立を体験してきた一市民として、環境要因による精神的困難への理解促進と、現行の支援制度の限界、ならびに早急な支援の必要性についてご連絡させていただきます。
【科学的実証と日本の現状の乖離】
現在、日本では「ひきこもり」「精神疾患」「自殺」「孤立死(若者含む)」などの問題が深刻です。これらの問題は、個人の努力や性格の問題とされがちですが、実際には「環境が脳と行動に及ぼす影響」による、科学的に裏付けられた社会的・医療的課題です。
精神疾患やひきこもり、自殺の多くは「不適切な育成環境」「慢性的なストレス」「社会的孤立」などにより脳の発達や神経機能が変化することで生じることが、数多くの研究で示されています。(そのため国や地域によって自殺率等は大幅に異なる)
□科学的根拠と研究例
- 1980年代以降、発達神経科学やトラウマ研究の分野では、幼少期の逆境体験(ACE:Adverse Childhood Experiences)が成人後の精神疾患リスク等(うつ・不安・依存症・自殺率)を大幅に高めることを明らかにしている(Felitti et al., 1998)。
- イギリスの精神科医ジョン・リードらは、統合失調症や双極性障害においても、幼少期の虐待やいじめ、貧困が重要な要因であると報告(Read et al., 2005, 2014)。
- PTSDや複雑性PTSD、発達性トラウマ障害(Developmental Trauma Disorder)といった診断概念は、トラウマによって神経系が構造的・機能的に変容することが、心理学・神経生物学・教育学など複数の分野の研究で明確に示されてきた(van der Kolk, 2005 ほか)。これらの知見は、単なる心理的反応ではなく、生物学的かつ発達的な障害としての理解を裏付けており、治療や支援の枠組みそのものを再考する必要性を示している。
上記疾患・状態は「環境が主因である」と科学的に示されているにもかかわらず、日本国内の現行の支援体制は依然として「自己責任論」や「精神論」、「家族での助け合い」に基づいた制度設計・運用が多く、支援対象者に“頑張ればできる”という無言の圧力をかけています。さらに、偏見や差別、無理解は社会全体に根強く存在し、当事者を二重三重に苦しめています。
□例
- 精神疾患やひきこもりに対する社会的スティグマ(危険、怠け者といった偏見)により、医療機関や地域支援につながることすら困難になる。また、差別意識は当事者の尊厳を傷つけ、回復の妨げとなるだけでなく、状態を悪化させてしまう。
- 地域の支援機関の知識不足と制度の縦割り構造によって、包括的・連続的な支援を行うことができていない。
- 医療機関においても、最新の脳科学や環境要因に基づいた治療・支援よりも、薬物療法への依存・不必要な長期拘束・古い価値観や固定観念に基づく対応が主流である。
このような構造的問題は、当事者の回復や社会参加の妨げになるばかりでなく、社会的孤立や自殺といった結果も招いてしまっています。
差別に関しては、ドイツやカナダなどの先進国では、行政による啓発活動(アンチスティグマキャンペーン)を国主導で展開し、精神疾患や社会的弱者に対する理解促進を徹底しています。日本においても、医療や福祉制度だけでなく、社会全体に対する啓発が不可欠であると考えます。
【必要な支援と要請】
つきましては、
①環境要因に基づいた精神的困難への理解を深め、差別・偏見の解消に向けた支援者・地域住民への啓発活動を行うこと:精神疾患やひきこもりの本質を伝える講座や資料の配布。SNSでの拡散など
②支援を受けるためのハードルを下げ、本人の状態に応じた柔軟で継続的な支援体制を整備すること(アウトリーチ支援の充実):当事者が来所せずともアプローチできる体制の整備(訪問・オンライン対応・居場所支援)など
③医療機関・支援機関・教育機関に対する研修を行い、現代的・科学的知見に基づいた認識の共有・連携と治療・支援の普及(トラウマインフォームドケアの導入など)を図ること
を強く要請いたします。
このまま現状を放置すれば、支援が届かないまま苦しむ人々が孤立し、命を絶つという事態は今後も続くでしょう。「自己責任ではない」ことを根拠と共に伝えること、それ自体がすでに支援です。どうか一人でも多くの命と尊厳が守られる社会の実現のため、貴職の積極的なご尽力をお願い申し上げます。
敬具
○○○○
協力:ChatGPT(OpenAI)
■その他、メンタルヘルスと環境要因に関する研究者・機関・書籍など
1. ACE(逆境的小児期体験)と健康リスク
Felitti, V. J., Anda, R. F., Nordenberg, D., Williamson, D. F., Spitz, A. M., Edwards, V., Koss, M. P., & Marks, J. S. (1998).
Relationship of childhood abuse and household dysfunction to many of the leading causes of death in adults: The Adverse Childhood Experiences (ACE) Study. American Journal of Preventive Medicine, 14(4), 245–258.
https://doi.org/10.1016/S0749-3797(98)00017-8
解説: 幼少期の逆境体験(虐待・家庭不和など)が、うつ・依存・自殺など成人後の健康リスクと強く関連することを示した大規模研究。
2. 複雑性トラウマ・Developmental Trauma
van der Kolk, B. A., Ford, J. D., Spinazzola, J., et al. (2005).
Developmental Trauma Disorder: Toward a rational diagnosis for children with complex trauma histories. Psychiatric Annals, 35(5), 401–408.
https://doi.org/10.3928/00485713-20050501-06
解説: 長期的な環境ストレスや虐待による発達性トラウマの概念を提案し、診断の必要性を論じた論文。
3. トラウマと身体・神経
van der Kolk, B. A. (2014).
The Body Keeps the Score: Brain, Mind, and Body in the Healing of Trauma. New York: Viking.
(邦訳:『身体はトラウマを記録する』晶文社, 2020)
解説: トラウマが脳・神経・身体に及ぼす影響と、回復のためのアプローチを総合的に解説した代表的著作。
4. 幼少期虐待と精神病理(レビュー)
Read, J., van Os, J., Morrison, A. P., & Ross, C. A. (2005).
Childhood trauma, psychosis and schizophrenia: A literature review with theoretical and clinical implications. Acta Psychiatrica Scandinavica, 112(5), 330–350.
https://doi.org/10.1111/j.1600-0447.2005.00634.x
解説: 幼少期の虐待やトラウマと、精神疾患(特に統合失調症様症状)との関連を示す包括的レビュー。
5. 精神疾患と差別
Thornicroft, G. (2006).
Shunned: Discrimination against People with Mental Illness. Oxford University Press.
解説: 精神疾患に対するスティグマと差別が、回復や社会参加をどのように妨げているかを分析した書籍。
6. 世界的メンタルヘルス政策
World Health Organization. (2022).
World Mental Health Report: Transforming mental health for all. Geneva: WHO.
https://www.who.int/publications/i/item/9789240063600
解説: 世界規模でのメンタルヘルスの現状と、支援体制改善のための政策提言をまとめた報告書。
7. メンタルと労働
OECD. (2015).
Mental Health and Work: Japan. OECD Publishing.
https://doi.org/10.1787/9789264228328-en
解説: 日本における精神疾患と雇用・労働参加の課題を国際比較の視点から示した報告。
8. エピジェネティクスと環境
Weaver, I. C. G., Cervoni, N., Champagne, F. A., et al. (2004).
Epigenetic programming by maternal behavior. Nature Neuroscience, 7(8), 847–854.
https://doi.org/10.1038/nn1276
解説: 親の養育行動が、DNAメチル化を通じてストレス応答など脳機能に長期的影響を与えることを示した研究。
9. 日本における虐待と脳
友田 明美 (2014).
『子どもの脳を傷つける親たち』NHK出版新書.
解説: 日本のデータに基づき、虐待やネグレクトが脳発達に及ぼす影響を解説した研究者による書籍。
10. 精神医療制度の比較
大熊 一夫 (2009).
『精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本』岩波新書.
解説: イタリアでの脱施設化と、日本の精神医療制度の課題を比較し、社会的包摂の重要性を論じる。
11. ひきこもり文化論
斎藤 環 (1998).
『社会的ひきこもり―終わらない思春期』PHP新書.
斎藤 環 (2003).
『ひきこもり文化論』集英社新書.
解説: 日本社会におけるひきこもりの背景や心理構造を分析した代表的著作。
12. 群れと人間行動の科学
Sapolsky, R. M. (2017).
Behave: The Biology of Humans at Our Best and Worst. Penguin Press.
Sapolsky, R. M. (2023).
Determined: A Science of Life Without Free Will. Penguin Press.
解説: 社会行動・ストレス・ホルモン・自由意志など、人間の行動と脳科学を総合的に解説。
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