長い時間をかけて学んでしまった「自分には価値がない」とか、「人間はみんな敵だ」という感覚が、社会生活や生きることを辛く困難にしている場合、これを書き換える必要がある(関連記事:「教育の理論」)。その方法として自分に優しい言葉をかけるとか、ポジティブな言葉をかける(アファメーション)、なんかが有効なんだけど、自分にあった言葉を見つけるのが意外と難しい。自分が全くそう思えないレベル、心が拒絶反応を起こすレベルの言葉では逆効果になってしまうので、高ポジティブ(言葉今勝手に作りました)ではなく、自分が楽に、なんなら楽しくなれるような方法を見付けるといい。
ぼくが今自分によく使う言葉は、「つらかったよね」「ここにいていいんだよ」「どうせうまくいく」あたりかなと思う。この中で、この「どうせうまくいく」みたいな、根拠はないんだけど、人間万事塞翁が馬的な言い聞かせが、意外としっくりきてる。この言葉に対して、ぼくはたぶん小学生にとってのおまじないみたいな感覚、純粋に信じたくなるようなワクワク感を感じられてるんじゃないかと思う。これはラッキーだぞと、ここぞとばかり妄想的な言葉を自分に畳み掛けて信じ込ませようとしているのだ。
自分を信じましょうとか、神を信じましょうとか普通に聞くけど、信じる、って、そもそもやろうと思ってできることじゃない。愛する、尊敬するもそうだけど、意識的に実行するのはほぼほぼ不可能(恋愛感情は、相手の見た目や地位、お金などを総合して、この人と生きていきたいと無意識が判断した後、生み出していると言われる。が、あくまで「無」意識でやってること。)そこで選ばれる手段が、ある程度受け容れられる範囲での自己洗脳、というわけですね。勿論、周囲に協力してくれる人がいるならその方が楽(子供の頃であれば、親が態度を変え接して安心感を与えることで、あっという間にひきこもりや精神疾患から回復することもあるようです)。
ぼくの場合はおそらく、「他者に認められなければ生きていけない」とか、「絶対に成果を出さなくてはいけない」、「そのためには人一倍努力し続けなくてはいけない」、みたいな感覚が、元々強固に刷り込まれているんだと思う。そこに、「努力なんかしなくてもなんとかなるさー」、「どうせうまくいくよー」、「逆に結果を出した人が必ず幸せになれるわけでもないんだよー?」と伝えることで、あれ?それならぼく何苦しんでたんだろ?頑張らなくも楽しめばいいのかな?って安心できる(ような気がする)んだと思う。
ここで大切なのは、それが事実かどうかではなく、思い込むことで安心して生きていくための基盤を作っていくこと。それは社会生活を送るための基盤でもある。
ぼくは、寝てる間の酷い寝汗や強い緊張といった、身体的な症状から和らいできてる。自分はそんなに困ってないよという方も、自分がワクワクするような言葉掛けができるようになれば、毎日がもっと、たのっしくなると思うんです。是非、やってみてくださいね。
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